研究概要

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なぜ「解決志向チーム会議」を勧めるのか?

わが国では,子どもの自殺者数の高止まり(厚生労働省,2024),不登校の急増(文部科学省,2023)など,子どものメンタルヘルスは危機状態にあり,学校の先生たちがその対応に膨大な時間と労力を要しています(連合総研,2022)。

本研究では,子どもの問題について教員らが短時間で有効な解決策を見つけられるよう,「解決志向チーム会議(Solution-Focused Team Meeting Method: SFTMM)」(以下,SFTMMと記す)の学校への導入を勧めてきました。実際にこの方法で支援している学校ではどのように導入していったのでしょうか?また,それによってどのような変化が起こったのでしょうか?
本研究では,学校にSFTMMを導入後2年以上経過している教育関係者(2名)に対し,導入と継続の経緯についてインタビューを行いました。調査は,このプロジェクトの代表者の所属機関における研究倫理審査の承認を経て実施されました(公立大学法人会津大学研究倫理委員会2024会大企第90号)。分析の結果,以下のことが明らかになりました。 
イラスト_学校
 

「解決志向チーム会議」導入の経緯:導入の鍵要素

導入のキーになる要素として,以下が明らかになりました。

(1)SFTMMに関する研修での有益な情報の獲得
インタビューを受けた教育関係者はいずれも「SFTMMに関する研修」を受けて,その良さを感じ取り,この方法を行ってみたいと思われたと言います。

(2)必要性+「改善したほうがいい」という意識
いずれの学校も子どものことで困っている状態で,支援の「必要性」がありました。ただし,「必要性」に加えて,その状態を「よりよくしたい」という意識がなければ導入に至らなかったであろうと考えられます。そこで,現状の問題に対して「改善したほうがよい」という意識が,関係者の誰かに生じているかどうかも,重要であったと考えられます。

(3)権限がある人の賛同
SFTMMの導入を先導できる役割・役職にある人々の賛同が必要不可欠と言っても過言ではありません。たとえば,教育相談担当,生徒指導担当,指導主事,スクールカウンセラーが管理職に実施の許可を取って導入に至る様子が見られました。また,子どもの問題に危機意識の高い管理職が一人でもおられる場合には,管理職から積極的にこの方法の導入を促すケースも見られました。いずれの場合も,危機意識が高く,リーダー性のある管理職が学校におられることは,SFTMM の導入には極めて重要であることが分かりました。
(4)推奨レイアウトに近似した,ちょうどよい「場」
SFTMMには佐藤氏により推奨されている「場」(佐藤,2021)があります。ホワイトボードと人数分の椅子が必要ですが,テーブルやメモはいりません。テーブルに資料を置いて見たり,メモを置いて書いたりすることがないようにできるのも,導入の助けになるでしょう。 
イラスト_会話
 

「解決志向チーム会議」で学校はどう変わるのか

SFTMMを導入して
  • 初回でメンバーからSFTMMについて好印象が得られた
  • 困っている教員が救われた
といった教員の心理的側面でのポジティブな変容が見られました。それぞれについて詳しく説明していきます。
 

SFTMMそのものについての好印象

教員たちはSFTMMに次のような印象を抱いていました。
(1)コンパクト・手軽
ホワイトボードとペン,スマホ(写真撮影機能)があれば,すぐに実施することができていました。事前資料の準備や事後の会議記録の作成はほとんど必要ありません。会議内容は,ホワイトボード上で佐藤(2021)により推奨されている記載場所があり,その位置を見れば,毎回どんな話をしたかがすぐに分かるようになっていました。
ホワイトボード
 

困っている教員を救うSFTMMによる変容

SFTMMの実施によって,次のような変容がありました。

(2)会議時間を短縮できる
これまでに90分から2時間かかっていた会議が30分で終結でき,次の一手を見つけられていました。

(3)考えを簡略化できる
自分の考えを簡略な言葉で表現できるようになっていました。「考えを整理できる」と言い換えられると思いますが,ただ整理するだけでなく,それをできる限り短く・わかりやすい言葉で表現できるようになっていました。会議では話が長びくことがありますが,それを回避するのにSFTMMが役立っていると考えられます。

(4)自他の考えを明確化できる
ホワイトボード上で自分だけでなく他のメンバーの考えが明確になっていました。ホワイトボード上で互いの情報を共有できるというだけでなく,自分の考えが記載されていくのを確認できることにより,自覚しやすくなっていました。
(5)意見が平等に扱われる
参加しているメンバーの上下関係や役職に依らず,平等に意見を出し合えていました。SFTMMでは,ホワイトボードにメンバー全員が目線を向けて座り,ブレインストーミングの4つの原則(批判厳禁・自由奔放・質より量・便乗歓迎)に基づいて意見を出し合うことが作用していると推測される場面がありました。

(6)役割分担できる
様々な解説策が出され,選ばれた解決策と一緒に役割を決定できていました。
 

「解決志向チーム会議」が導入・継続できない要因

実施をすれば,教員らに好印象を得ることができるSFTMMですが,データの分析を通じて,導入や継続が困難な場合がしばしばありました。その理由として,学校での以下のような特徴が浮かび上がってきました。
 

導入できない理由

(1)村社会
以前からいる教員らを中心とした秩序やしきたりがあり,後から着任した者の意見を受け入れない,排他的な状況です。後から異動してきた管理職でも,先行している古株の教員に気を遣って十分な管理行動ができない様子が垣間見られました。このような場合は,以前からの秩序を構成する中心人物となるような教員の理解が得られないと,導入が困難であろうと考えられます。

(2)ゴール設定など・負担が増えることをしない教員の心理
子どもの問題がある場合に,その解決を目指して対策を練ろうとするのは健全な状況と言えます。しかし,問題が起こっていても,その状態で均衡状態が維持できる場合は,健全な方向に向かおうと目標設定をすれば,教員らは労力を費やすことになります。SFTMMでは目標を設定して解決策を話し合いますから,SFTMMの導入によって,問題が起こっているが均衡が保たれているような状況をあえて打破するような行動は生じにくいということになります。
 

継続できない理由

(3)抵抗(プライド・ダメ出し・批判)する教員の心理
SFTMMを導入しても,実施中にメンバーの意見に対して批判的な発言が出ると,他のメンバーがネガティブな感情を抱きやすくなり,SFTMMにもネガティブな印象が生じてしまって,次回以降の開催が難しいことがありました。SFTMMでは,解決志向と,メンバーの意見への批判厳禁の原則があります。これらが十分にメンバーに浸透できないことが背景にあるようです。

(4)目先の結果・自分の手柄を優先する教員の心理
子どもの成長については,支援策を実施してもすぐに結果が出ないことも多いでしょう。それが継続につながりづらい理由である場合もありました。「何のためにSFTMMを実施するのか」について,すぐに目に見える結果が分からないために,継続に至らないということでした。このことは,導入を阻害する要因にもなりうると思われます。また,教員の中には「自分の指導で子どもがよくなった」と,解決を自分の手柄にする心理が働きやすい場面が聞かれました。一度SFTMMを実施しても,みんなで平等に意見を言い合えないこともあるようでした。
(5)結論が言えない教員の特徴
話が長くなりがちな人は,自分の意見の結論が何かわからずに話し続けることがあるようでした。結論を発言しないので,話し終わるまでの時間も長く主旨が伝わらない上に,他のメンバーの話す時間を奪ってしまうことがあるようです。このような場合,タイムスケジュールが決まっているSFTMMに「やっても無駄だ」というネガティブな印象を抱いてしまい,継続が困難になってしまうと考えられます。

以上の特徴は,SFTMMに限らず,組織変革に有効な方法の実践の足かせとなる可能性が推測されます。

導入・継続の困難を乗り越える:長期継続の鍵要素

スムーズな導入や継続を阻害するような特徴に直面しても,教育関係者らがSFTMMを継続して行ける要素として,以下が明らかになりました。導入が困難な状況を乗り越えられれば,継続に至る可能性が生じると推測されます。
 

SFTMMの導入・実施に期待される要素

(1)一度交渉してダメでもあきらめない
SFTMMの実施を呼び掛けても周囲が賛同してくれない場合には,タイミングを見計らって働きかけを続けることが重要です。一度言ってダメだとくじけそうになりますが,困っている子どもや周囲のみんな,そして自分自身のために,あきらめないことです。

(2)ファシリテーターのスキル(雰囲気づくり,質問)
SFTMMにおいても,意見を自由に言ってよい雰囲気づくりはファシリテーターには欠かせません。また,限られた時間の中でメンバーが自由な雰囲気で解決策の提案ができるよう,話しかけたり質問したりすることが重要です。

(3)関係性:他の教育カウンセリング等の技法を組み合わせる
SFTMM単独で学校現場への導入に繋がりづらいことが分かってきました。長期で実施している教員らは,周囲の賛同が得られないで苦労している状況と並行して,教育カウンセリングのSGEやQ-U,カウンセリングのかかわり技法などを行っていたことがわかりました。これらを行って,徐々に教員間の関係性が向上してその教員に信頼が集まっていました。教育相談の専門性による関係性の向上が,SFTMMの導入や定着を促すことが分かりました。

(4)解決志向の徹底
問題の原因を追究するのではなく,うまく行っていることや役に立つことを見つけて,それを積み重ねることで解決の状態を新たに作るのだという「解決志向のスタンス」(Berg, 1994, 訳1997)が日常的ではない教員もいるようです。ステップ1「場を開く」(佐藤,2021)ときの説明などで,このスタンスを徹底することが重要だと考えられます。

(5)ブレスト4原則の徹底
他のメンバーの意見に対して批判的な意見が出てしまうと,言われた教員は「自分はダメなのだ」「能力がないのだ」と思ってしまい,次回以降の参加に繋がりづらい場合がありました。佐藤(2021)は,SFTMMのステップ6「ブレインストーミング」で,ブレスト4原則「批判厳禁,自由奔放,質より量,便乗歓迎」を掲げています。この原則を徹底して,他のメンバーの意見を批判せず,みなで,とにかくたくさんのアイデアを出していけるよう促進することが望まれます。

(6)子どもの問題の劇的変容
子どもの問題をSFTMMで話し合って対策を実践していくだけで,劇的に様子が変容することがあります。それを目の当たりにする教員からSFTMMに対する信頼が高まり,この方法によるケース会議が継続する場合もあると考えられます。
 

参加メンバーに期待される要素

(7)主体性(リーダーシップ,勇気)
「自分がSFTMMを実施して子どもを支援するんだ!」という主体性が大切です。このことが,SFTMMを行おうと何人かの先生に呼び掛け,実施にこぎつけ,みんなの前に立ってファシリテーターを担当するリーダーシップ,管理職らに「この方法を実践したい」と進言する勇気につながると考えられます。
(8)専門性(コンサルテーション)
学校で子どもの困っている様子に対峙する教員に対し,スクールカウンセラーなどの心理の専門家が助言する「コンサルテーション」がありますが,専門家がメンバーの中にいることで,ケース会議でコンサルテーションができるようになるという見方もできるでしょう。

(9)人間性(手柄を取らない,受容)
教員個人の利害ではなく,子どもの支援を優先するような解決策を言うことに努められる人間性が求められます。
イラスト_会話
 

参考文献

  • Berg, I.K. (1994). Family Based Services: A Solution Focused Approach. New York: WW. Norton. (バーグ, I. K., 磯貝希久子(監訳)(1997). 家族支援ハンドブック 金剛出版)
  • 堀公俊(2004). 『ファシリテーション入門』,日本経済新聞出版.
  • 厚生労働省・警視庁(2024).「令和5年中における自殺の状況」 ,https://www.npa.go.jp/news/release/2024/20240323001.html (2024/9/23閲覧)  
  • 文部科学省(2023). 「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」,https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302902.htm (2024/9/23閲覧)
  • 佐藤節子編著(2021). 『ホワイトボードでできる解決志向のチーム会議 未来につながる教育相談』,図書文化.
  • 連合総合生活開発研究所(2022).「教職員の働き方と労働時間のジッタに関する調査結果 中間報告」,https://www.rengo-soken.or.jp/info/68b7f47f6600bf2559e49285e8ccbf493bfb5aa0.pdf (2024/9/23閲覧)

この本には新版がありますが,本プロジェクトでは佐藤(2021)が依拠しているものを記載しています。

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